まほらの天秤

「スザク、スザク、どこですか？」

私はまた、スザクを探す。
そんな私の姿をみて、兄と姉は「もう少し枢木に自由をあげなさい」と言うのだが、一緒にいないと落ち着かなくて、常にその姿を探してしまう。
そんな私を呼びとめたのは、コーネリア。

「ユーフェミア。枢木は立派な騎士となる資質があるのは認めよう。だが、お前はどうなのだ？枢木が仕えたい人物であると、自身を持って言えるのかな？」

ギルフォードを従えたコーネリアが、困ったような顔で言った。
私を溺愛していると自他共に認める姉に、聞き間違いかと思うほど優しさの無い言葉を投げかけられ、私は思わず反論する。

「お姉さまだって、常にギルフォードがいるではありませんか」

自分の騎士と常にいる人に言われたくはない。
私はぷうっと頬をふくらませ、文句を言った。

「別にギルフォードは常に傍に居る訳ではない。先日の枢木卿との試合の時も私から離れていただろう」

コーネリアは困った子だと呆れながら言った。
言われてみればそうだ。
あの日、一緒には居なかった。
是非見たかったとコーネリアは残念がり、次ある時は必ず呼ぶようにと言っていたのだ。それはつまり、常に一緒に居る訳ではないという事。

「それはそうですが・・・」
「それに歴史書によれば、枢木卿は学校にも通っていたという。つまり四六時中姫と共にいたわけではなく、ある程度の自由を姫は騎士に与えていたということだ。それなのに、お前が枢木を拘束するのであれば、窮屈さを感じた枢木はお前に愛想を尽かすかもしれないぞ？」

幸いと言うべきか、温厚なスザクはユーフェミアの我儘に笑って頷いてくれてはいるが、周りは少し拘束がきつ過ぎると思っていた。10分や20分姿が見えないと探し回り、傍に居なければ勉強も手に着かないと我侭を言う。
今までこの閉鎖された場所で暮らし、初恋もまだだったこともあり、恋する乙女となったユーフェミアは少々暴走しているのだ。
その暴走に、周りは苦笑を通り越し、呆れ始めていた。

「愛想を・・・ですか？そ、それは困ります！」

姉の言葉に、ユーフェミアは顔色を悪くした。

「ならば、枢木に流石ユーフェミアだと言われるように、まずは勉学に励む事だ。なにせあの慈愛の姫は、悪逆皇帝に真っ向から対立し、行政特区を作ろうとした御方だぞ。政治面にも秀でていたに違いないからな」

言われてみれば確かにそうだ。
しっかりとした知識を身に着け、政治面に明るいからこそ、あのような思い切った政策を打ち出せたのだ。しかも構想から着工までの期間も驚くほど短いらしく、政治面の手腕は素晴らしい物だったと言われている。
悪逆皇帝の手でその命を散らしたのも、それだけ脅威だと思われていたから。
スザクは騎士としての技量も、知識も持ち合わせていた。
運動に秀でた者は勉強が苦手だと言うけれど、彼は驚くほど博識だった。
それに比べて自分はどうなのだろう。
主としてふさわしいのかと聞かれれば否。
慈愛の姫のように民衆を導く才能があるかと言えば・・・否。

「わ、解りました！私はスザクに認められるような、立派な為政者となってみせます！」
「うむ、それでこそ我が妹。ならば早速部屋に戻り勉強を続けるといい。枢木は抜きでな」
「え？あ、いえ、スザクが傍に居たほうが・・・」
「聞いているぞ？お前は勉強以外の話ばかりで、全然手が動かないと」

ぎくりとしてしまう。確かに彼がいると、他の話ばかりしてしまうのだ。
・・・誰が言ったのだろう。やはりスザクが？呆れられていたのだろうか。

「べ、勉強をしてまいります」
「枢木を見かけたら、お前が探していたと伝えておこう」
「お願いします！」

コーネリアは苦笑しながらその場を後にした。

「う～ん、どのあたりなんだろう」

まだ早朝と呼べる時間帯に、僕は当てもなく林の中を彷徨っていた。
迷子になっているわけではなく、一応獣道らしきものを辿り、奥へ奥へと進んでいる。
目指す場所は、僕が倒れていたという場所。
つまりあの事故の落下現場。
何せいまだに僕の荷物は見つかっていないのだ。
いくら偽造した身分とはいえ、身分証の類は無くなると色々と面倒くさい。
カードの類も入っている為、今似の僕は無一文だった。
おそらく荷物は僕と一緒に崖下に落ちたはず。
だからこうして時間を作ってはその場所を探しているのだが、広大な山の中を当てもなくさまよった所で、その場所になど辿り着けるはずがなかった。
最初は屋敷の人たちに声をかけ、誰が自分を見つけたのか尋ねたのだが、それらしい人物が見つからなかった。
居ないはずがないのだが、日が経つにつれ、何十といる使用人の誰と話したのかだんだん解らなくなってきてしまい、結果、こうして自力で探すことにしたのだ。
最近足腰が鈍ってきた気もしていたので、山道の散策は丁度いい。
そう思ったのは最初だけ。
うっそうとした森の中で、当てもなく彷徨うことに、面倒臭さと苛立ちが募ってきた。
それに、あまり長時間屋敷を離れることはできない。
なぜなら、ユーフェミアが心配し、探しす可能性があるからだ。
最初、スザクはユーフェミアに、荷物を探したいと言ったのだが「必要な物は新たにそろえればいいじゃありませんか」と、当たり前のように返されてしまった。金銭面の援助もしますと言われ、それは丁重にお断りした。
探しに行く旨を伝えると「そんな必要ありません」「見つかるはずがありませんよ」「山の中は危険なので入ったら駄目です」と否定され、ユーフェミアには悪いが、こうしてこっそり屋敷を抜け出しているのだ。

「僕の事、心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱり諦めきれないんだよね」

流石に長い年月で身分証の類は何度も偽造した。
だが、それとは別に、神楽耶から貰った身分証と、あの当時の写真を今も僕は持ち歩いていたのだ。僕が人であった頃の、数少ない思い出の品。
あれを諦めるのは辛い。
折角数百年、無くすことなく持ち続けていたのだ。今後も持っていたい。
あれが入ったカバンで無かったなら、時間の無駄だととっくに諦めて、新しい物を用意するのだが・・・遺跡に置いてくるんだったと、今更後悔しても遅い。
屋敷を出てから1時間。
そろそろ引き返すべきかと迷ったが、やはりもう少しだけ奥を探そうと足を進めた時、僕は予想外の人物と鉢合わせをした。